ブラインドからのぞき見た世の中 : April 1, 2013 @ 16:22
ブラインドからのぞき見た世の中 VOL.85 『ぼんやりとした喪失感』
大震災から2年目の3月。
トーキョーにいると日々が目まぐるしく変化し、情報も怒濤のように押し寄せてくることもあり、
どうしてもそれに追われる日々をおくりがちで、
残念ながら被災地の現状が気にならなくなりはじめているのはたしかです。
とくにニュースで毎日ながれているワケでもないですしね、
自ら調べようとしなければ、その被災地の情報が目に触れるコトもない状況になりはじめています。
一時は、オウムが覚えたばかりのコトバのごとくくりかえされていた「被災者のことを考えろ!」なんて陳腐なコトバも、最近ではほとんど耳や目にしなくなりましたね。
しかし、現地、、、津波による被災地は、やっとガレキが片づき、道路の整備がはじまった状態。
さらに福島の東側半分は、いまだにあの時、あの瞬間で時が止まったままです。
人々は、放射性物質の問題に「どうしたらいいのか?」と2年間悩みつづけ、
結論を出せずにいるヒトがたくさんいるワケですよ。
と言って、決定的な解決策もなく、住む場所を移ったところで仕事をどうするとか、
ほかのさまざまな問題も発生します。
生活にもかかってくるので、簡単に決められることではありませんよね。
被災地から避難してきているヒトたちも、もどれるのか、もどれないのか。いまだハッキリせず。
「働かないで遊んでいるだけ」だの、「なんで働かないんだ!」だの、
まったくもって言われようのないバッシングを受けている方もいらっしゃいます。
そりゃ、アンタ!働けないですよ、彼らはもどりたいワケですから。
もどりたいと願っているがために、そこで働きはじめるのがいいのか、わるいのか判断がつかないんですよ。
働くのであれば、雇う側はながく働いてほしいですから、その希望に添えないと思ってしまう。
するとバイトくらいしかできないワケです。
でも、働くと、東電からの賠償金が出なくなってしまいますからね。
ヘタすると賠償金よりも低い給料で暮らす可能性が出てきてしまうワケです。
そんなのフツーに考えたら、働けないですよ。
前に進んでいいのか、悪いのか。。。
行くところ矛盾ばかりで、結局そこには葛藤のみ。
“代え”のきかない日常が、ソコにはあるワケです。
もちろん、前にすすんでいるヒトもいますけれどね。
でも、それもほんの一部。
しかし、先日の福島第一原発の停電騒ぎといい、まだはじまってもいないし、
おわってもいないんですよね、原発事故は。
事故の時点のまま、時間が止まっていることをあらためて実感しました。
冷却が止まっただけで、水温が上昇するってことは、まだまだ炉心は冷えてもいないってことですからね。
ココでも”口をすっぱく”して書いてきましたが、原発は「止める」「冷やす」「閉じ込める」の三段階を経て、
はじめて終わりをむかえます。
現状は、1号機から4号機まで「止める」の、いちばん最初の段階。
2号機なんかは、中身の状況がいまだにわかっていない状態ですから。
その他の原子炉の内部も、実際に調べられたわけでもなく、あくまでも予想の範囲でしかない。
もちろん、いまだに放射性物質を大量に放出しつづけています。
どうも、もう出てないと勘違いしている方も、なかにはいらっしゃるようですがね。
なんの問題もなく、放射性物質は出てますよ。
まだ、そういう状態です。
原発事故被災者へ支払う賠償金も、右肩上がりに膨らんでいます。
連日、経済状態悪化のニュースがながれているので、ご存知の方もおおいと思いますが、
いまはこの国にはお金がない状態。
借金だらけですからね。
そりゃ、東電にすべて責任をおわせちゃいますよ。
でも、それがホントに正しいのでしょうか。。。いや正しくないでしょう。
国の政策の一環で、原子力事業をはじめたんですから。
やはり、国がキチンと問題に向き合って、責任をとるべき。
国が責任を取るってことは、われわれが責任を取るってことです。
我々の身から出たサビ、ならぬ、身から出た放射性物質なワケですから。
それに、いまの状況になってしまったというのも、
そもそものエネルギー対策が間違っていたということです。
もちろん、原子力の研究はこれからも必要ですけれどね。
ただ、ビジネスとして手を出すにはちょっと早すぎたのかも。
残念ながら、まだ研究の域を超えられていなかったというコトです。
ちなみに、他国、たとえばドイツの原子力エネルギー対策をみると、
原発設置計画のいちばん最初から、原子炉の解体のための積み立てをおこなっていたらしいです。
原発が老朽化したときの解体費ってことです。
はじめがあるものはおわりがある。
約50年後のミライを見据えた計画ですよね。
あきらかに、日本とは考え方が違います。
どうも「やっちゃえ!」的な日本の悪いブンカのカタマリが、原発のような気がしてならないですよ。
それに、事故った原発ですら、廃炉にしようか、どうしよか迷ってましたからね。
お得意のモッタイナイ精神をソコで出さんでも、、、と思ってしまいました。
永遠のモノなんて、”愛”以外ないんですから、
もっと終わりのことも考えて、そういった政策ゴトをすすめてほしいものです。
そういえば、先日、個人のブログで、原発から10キロ以内の浪江町の現在を、
写真で紹介しているサイトを拝見しました。
建物が風化してしまって、勝手に崩れている家もあるんですね。
地盤沈下がすすんでいる場所もあるようでした。
あの写真をみたときに思い出したのは、チェルノブイリ近隣の最近の写真。
事故から27年経ったいまでも立ち入り禁止区域になっている街の写真と、ほぼほぼ似たような感じ。
震災から2年経っても、すべてがあいかわらずダラーっと曖昧な状況に流されてしまっている日本。
この”ぼんやりとした”喪失感は、いったいなんなんでしょうかね。
とりあえず、政府にはそろそろ腹をくくって、大丈夫なのか、ダメなのか、、、
すべてを明らかにする責任があると思いますが、みなさんはどう思いますか?
畠山美由紀「わが美しき故郷よ」
※コチラ昨年にアップした曲なんですが、やはり3月はこの曲が合うかなと。。。
手抜きではありませんよ!
旅路 良
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