TYO magazineトーキョーマガジン

Archive

 

rss 2.0

ブラインドからのぞき見た世の中 : July 11, 2013 @ 20:24

ブラインドからのぞき見た世の中 VOL.92『ミライハジブンデ』



さて、ついにはじまりましたよ、参院選!


と言っても、自分が出馬しているワケでもないのでアレですが。。。

しかし、今回の参院選への期待度はたかいです、、、個人的にですけれどね。


それにしても前回の都議選、、、ガッカリでしたねー。

投票率が、”鬼”の43.5%。

“鬼”をつけた意味はまったくないんですけれど、
とにかく棄権票のおおさにはおどろかされました。

若者の選挙ばなれが明るみに出た結果なんでしょうね。


ちなみに今回の参院選も20代の投票率は、さらに落ち込むという予想がどこかの新聞に出ていました。

夏ですからねー。
選挙なんかよりも、海や山、街で遊んでいた方がたのしいですから、あたりまえっちゃあたりまえです。
自分もそうでしたから。


というより、「そこに行けばナニかが変わるかも!」という、選挙に希望を感じられないのかもですな。

結局、選挙に行ったところで目に見える変化を感じないから、そこに希望を持てなくなってしまった。
それって、フツーの人間の感覚ですよ。

会社組織の営業だってそうですよね。
50回行って、いやいまだと5回行って、クライアントにならないところに時間を費やすな!って言われますから。


しかし、「ナニやっても変わらねーよ!」というのは、われわれ30代世代でもおなじ考えなんですけれど、
ただ「それでもやっていこう!」みたいな、そんな根拠のない”ノリ”が、われわれの方にはあるような気がします。

単純に歳をとったから感じるようになったものなのか、それとも時代的なナニかがあるのか。。。

個人的には、後者の方かなと。


われわれが育った80年代、90年代は、「ナニかを努力してやれば世界を変えられる!」というカルチャーでした。
テレビのドラマやアニメなどの内容もそうだったし、マンガ、雑誌、、、目に触れるすべてのものがそんな感じで、
「未来は自分で切りひらく!」的な時代でしたよね、たぶん。

その代表的でもっともわかりやすいのが、スポ根アニメですよ。

血ヘドを吐くくらいメチャクチャ努力して、結果まで出しているのに、
「オマエは、まだまだダメだ!」とコーチに言われる岡、みたいな。


しかし、2000年代、2010年代のマンガやドラマなどを見てみると、
ジブンの中にはすでになんらかのパワーがあって、
ちょっとしたキッカケ(努力ではない)でそのパワーが発揮されるという、
ナチュラル能力派な内容のモノがおおいかも。

某『ドラゴンボール “なんちゃら”』なんかが代表的ですかね。
“なんちゃら”がついていないときは、主人公の某”ゴクウ”による修行修行の物語だったんですけれど、
“なんちゃら”がついてからは、彼の息子なのか孫なのかが修行なし(努力なし)で、
あるキッカケで急に、しかも簡単にスーパーヤサイ人に変身できちゃうみたいな。

先日公開されていた「”なんちゃら”ダブルZ」みたいな映画?なんて、パワーアップしすぎて、
最終的に巨大化してましたからね、、、もう分からんです。
しかも、その映画を観たワケでもないのに、予告だけですべてが分かってしまったという、
ちがった意味でも残念ですけれど。


“ジャッキー・チェン”と”ジェイデン・スミス”の『ベスト・キッド』のリメイク版なんかもそうでしたね。
修行したり、努力したりするシーンがあまりなく、もともと生まれ持ったちょっとしたセンス!みたいな。

オリジナルは、”ノリユキ・パット・モリタ”演ずる”マスター・ミヤギ”(映画の中では”ラルフ・マッチオ”が「ギ」を発音できず、「ジ」でした)が、主役のダニエルをとことん努力させて、鍛えるみたいな感じでした。

コレが、1980年代と2000年代のカルチャーのちがいなんでしょうな。

“ウィル・スミス”が、息子を努力&根性系の映画に出させるなんてことはしないでしょうけれど。。。
その前にジェイデンがイヤがるか。

アレ!
ということは、アメリカもおなじカルチャー?なんですかね。


ま、むずかしい部分はさておき、そういう時代にそだってきているワケですから、
そりゃ変わらないとわかれば、チャレンジすらしないですよ。
ダメだったら、ダメでそこであきらめるカルチャーです。


じっさい、ココ10年ばかり、日本はナニをやっても、ナニが起こっても変わらなかったですからね。
政党が変わっても、地震が起きても。

動いたのに、ジブンのまわりには目に見える変化もないとなると、そりゃあきらめちゃいますよ。
パチンコより”ブ”がわるい?ですから。

それと社会にまもられすぎなのかもしれないですね。
じつはけっこう環境が変化しているのに、社会のクッションが分厚すぎて、本人まで届かない。
なので、変化を感じないし、変化に気がつかない。


そういったいろいろな要因をあげていくと、
「若い世代にどうやったら選挙に興味をもってもらえるか?」なんて疑問は、
「なんで福島以外のヒトは原発や放射性物質に興味を持たないんだろ?」とおなじくらい愚問なのかも。

結局、ヒトは当事者、つまり自分のオシリに火がつかないと気がつかないし、気にしない。


興味を持ってほしければ、
“自分がソコに行くことで何らかの変化が起こる”という実感をもってもらうコトが重要なのかなと。

まさに「事件は現場で起きている!」、いや「事件を現場で起こす!」ってことですよ。
ちがった意味になっちゃうかな。。。


とにもかくにも、日本のミライを変えることができる選挙はまだはじまったばかり。

変化がおきないから行かないと思ってしまっているヒトは、
まずは変化を起こそうと思うのではなく、
「変化が起きるかも!」というワクワク感をたのしむのがいいんじゃないかとワタクシは思います。

みなさんはどのように考えますか?


最後に、鬼コーチの名ゼリフを

─人間大きな目的をもたねばならない─が、身近な目的をひとつひとつかなえていくことがだいじだ。
宗方 仁



はっぴいえんど「夏なんです」


旅路 良



Comments are closed.

Trackback URL