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ブラインドからのぞき見た世の中 : December 13, 2013 @ 00:07

ブラインドからのぞき見た世の中 VOL.102 『自己責任のゆくえ』



先日、拝見したドキュメンタリー映画『ファルージャ イラク戦争 日本人人質事件…そして』は、
ワタクシのなかにナニかすごい傷跡を残していったような、
それくらいの衝撃をうけた作品でした。


2004年に起きた、イラク日本人人質事件。
人質となった彼らの、10年後の人生を追った作品。


監督の”伊藤めぐみ”さんは、まだまだ28歳という若さ。

ジャーナリストとしては駆け出しみたいですが、
作品は完成されたジャーナリズムの神髄そのもの。


それにしても、
当時、さまざまなヒトが合いコトバのごとく、
そろって口にしていたコトバ、「自己責任」って、
いったいナンだったんでしょうかね。


当時の日本は、2003年にアメリカがイラク戦争をはじめたことにより、
成立したばかりの「イラク復興特別措置法」で、
自衛隊のイラクへの派遣が決定。
急に戦争モードになりかけた、そんな社会情勢でした。

そのさなか、イラクで人道的支援活動をおこなっていた彼らが、
たまたま日本人だったために、
イラクのファルージャで武装グループに拉致、監禁されてしまったという事件。

さまざまな憶測が飛びかい、
ナニが真実で、ナニがウソなのかもわからないくらいでした。


この事件のそもそもの発端は、
自衛隊のムリヤリな海外派遣にあったような気がします。

平和維持活動とはいえ、アメリカからのムチャブリに、
「はい」と言わざるを得なかった日本政府、
というのが本当のトコロでしょうね。

それにイラクののヒトにしてみたら、
なんの情報もなく、急に日の丸をつけた戦闘服を着て、銃をもった人間が街にきたら、
そりゃ平和活動とは思えないですよ。


その後、支援者による活動が功を奏して、
彼らは解放され、日本に帰ってくるワケですが、
そこで彼らを待っていたのは、
「自己責任」という名の常軌を逸した過剰な粛正。

「あやまれ!」だの、「税金をかえせ!」だの、
なかには「死んでください」なんていう手紙もあったそうです。
道を歩いていただけで、知らない人に殴られたりもしたそう。


ちなみに、先日、起きたアルジェリア人質拘束事件。
あの事件も10人の日本人が人質として拘束されましたね。
アルジェリア軍の強行突入により、
残念ながら人質の7名が死亡してしまいましたが。

おなじく人質となった彼らと、ドコがちがうのでしょうか。

イラク人質事件では、
トキの小泉政権は「彼らの自己責任」と彼らを斬り捨て、
アルジェリア人質事件では、
安倍政権は「政府としてあらためて人命救出優先で対応したい」と対応。

フリーランスでその国のために人道的に支援活動していた邦人と、
企業としてその国で働いていた邦人。

どちらも日本人ということには変わりはないです。

ちがっていたのは、政府の対応だけ。


ダレも迷惑をかけようとおもって動いていたワケではないし、
巻き込まれただけで、それが日本人だったから日本に要求が来た。

ただそれだけのコトです。

巻き込んだ方は責められず、巻き込まれた方が責められる、世の中。

それってどうなんでしょう。


先日、某所で、監督の伊藤めぐみさんと、
被害者の高遠菜穂子さん、今井紀明さんの3人によるトークショウが開催されました。


トークのなかでおどろいたのは、いまだに批判や中傷の手紙やらメールやらが、
匿名もふくめて送られてきているというコト。

彼らのやってきた活動や事実に目をむけようとはせず、
ただただメディアから流れてくるあいまいな内容だけで判断し、
彼らを罵倒したりしている方がいらっしゃるワケです。


被害者のひとりの今井さんは、
当時、非判してきたメールに電話番号を公開して返信するなどをして、
彼らと実際にはなし、向き合っていたという事実にもおどろかされました。


また、高遠さんは、拉致された当時を振り返って、
クルマに乗っていたら、覆面の武装したオトコに日本人であることを確かめられ、
その後、武装集団がRPG(ロケットランチャー)を担ぎながら
自分たちのクルマの方に走ってきたのを見たとき、
「あー、こうやって死ぬのかー」と、ぼーっと死を意識したらしいです。

日本の非現実が、イラクの現実なんですね。
イラクでは、いまだ反政府勢力によるテロがほぼ毎日のようにあるとのこと。


この作品では、『自己責任』問題のほかに、
日本が現在かかえるさまざまな問題を浮き彫りにし、
するどく提議していたりします。

ダレも責任を取らないシステムになっている政府。
自衛隊の海外派遣問題。
集団的自衛権の問題。
TPP。
原発。
あいまいな政治体制。
現代の教育の現場。
過剰な粛正を求められる日本の現代社会。
怒号や、ココロないコトバを浴びせかけるヘイトスピーチ問題。
などなど、、、
あげたらキリがない。

もしかして、コレらのすべては、
約10年前の2004年に起きたこの事件が発端だったのではないだろうか、
と勝手におもえてきたくらいですよ。

ちなみに、コノ事件の流れから、
現在の過剰粛正&「半沢直樹」的土下座ブームへと発展したとみる社会学者もいます。

それは、ちょっと無理矢理な気もしますがね。


とはいえ、
アレから10年経ったいまも、世の中はあいかわらずメディアに振り回されていて、
10年前よりも、ちょっとだけ状況が悪くなっているようにおもえます。


「自己責任」をうたった政府は責任もとらず、
政権交代をくりかえし。


重箱のスミをつっつくような粛正も、
最終的にはレールの上を歩かされるだけの生き方をしいられるようになり、
結局は、自分たちに「倍返し」でふりかかってきているような気もします。


状況がさまざまに変化し、
キチキチになりはじめている世の中ですが、
みなさんはどのように考えていますか?



山下達郎「Dancer」



旅路 良



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