TYO magazineトーキョーマガジン

Archive

 

rss 2.0

Interview : May 23, 2011 @ 16:41

井出情児インタビュー──『死ぬまで待てない』(前編)



70年代に産声をあげた日本のロックシーンを、ほぼ生まれた瞬間からその歴史を撮りつづけているフォトグラファー/フィルムメーカーの”井出情児(いでじょうじ)”。


彼が、1970年代から撮りつづけた日本のロックシーンの歴史を現代に生きる人々へ伝えるべく、写真・映像展『死ぬまで待てない』が、2011年5月24日より青山のスパイラルビルB1Fの”CAY”にて開催される。


つねに伝説の生まれる瞬間に立ち会ってきた彼は、ファインダー越しに何を見てきたのか?


いろいろとお話を伺ったインタビューの前編。






──本日はよろしくお願いします!


名前は派手ですけれど、地味なオジさんなので、ひとつよろしくお願いします(笑)!


──いやいや、やってこられたことは派手そのものじゃないですか(笑)!


ただただ振り回されていたというか。。。時代がよかったから、人のつながりでどんどん広がっていって、わらしべ長者みたいな感じです。
この展覧会をやるので、いま高校生のときから撮っていた写真を整理しているんだけれど、印象に残っている写真が少ないから、「よくこれだけの写真で食ってきたな!」って驚いてますよ(笑)。


──今回は写真だけじゃなくて、映像もやられるんですよね?


いちおう写真・映像展です。
ホントは、5年くらい前に、胡散臭いライブハウスで、テレビモニターを4面置いて、写真は投影されているだけで、すべて消えていく。ときたま裸の女の人が出てきて踊ったり、ある日突然、フル灯りがついて、写真も映像も全部消えるというような空間を作ってやろうと、考えたんだけれど、どこも実現させてくれるところがなくてさ。「ダメだなー」と思っていたところに、北 京一さんと金子マリさんのご紹介でCAYの方とお会いできて、あれよあれよで決まった感じです。
最初は、ライブの間に映像をちょこっと出すくらいで考えていたんだけれど、ちゃんとした写真展だっていうから、「えー!」ってなって。ここのところワナワナなってて、夜も眠れなくて、酒が進んで仕方がないんです(笑)


──ハハハ(笑)


結局、ヘベレケになるまで飲まないと、眠れなくなっちゃってね。あとでさ、「こんなことだったら起きて暗室にいればよかった!」って思うんだけれど。PCにデータを起こして、ひとつひとつ傷を直していると、今度は寝ちゃうんだよね(笑)。
でも、コレがはかどって、全部整理ついちゃったら、始まる前にポクっと死ぬんじゃないかな。


──まあ、『死ぬまで待てない』というタイトルですから(笑)。
しかし、、、すごいタイトルですよね。


5年くらい前に考えた題なのでね。
タイミング悪く、こんな大震災やら原発事故やらが起こちゃって。
年寄りの人からは、「いい加減にしろ!」って抗議の電話が掛かってきましたよ。
その反面、沖縄の友人が「いい題名だ!飛行機に乗って行くから!」って。


──でも、作品もそうですし、「いま出さずに、いつ出すんだ!」という感じですよね。


ボク自身も、もう記憶力は鈍るし、体力は鈍る。
とにかくまともなうちにやっておかないとさ。
体だけは元気だけれど、コッチ(頭)は先にイキそうだから(笑)。


──5年くらい前というのは、何かキッカケがあったのですか?


「ハイドパーク・ミュージック・フェスティヴァル」という福生市というか、稲荷山公園で──その昔、細野晴臣さんとかが住んでいた場所なんだけれど、そこでコンサートをやったんですよ。
初年度は、細野さんとか、(小坂)忠さんとかが来て、そこで「ぽつりぽつりといなくなっちゃうから、何かやりたいね!」って。
その時の主催の麻田 浩が、今回のタイトルを付けてくれたんです。
ジャケットになったり、ポスター、雑誌だったりで、一回使ってしまったものだけど、いま見るとけっこういいのがあるのよ。じゃあ、一回キチっと見せないといけないし、写っているヒトが生きているうちに渡しておかないと、ボクが死んじゃったらただのゴミの山になってしまうからね(笑)。渡しておけば、本人が死んでもご家族が管理してくれるかなって。
『歴史の産物』というか、オーバーに言えば『歴史』だからさ。


──『時代の証人』ですよね。


むかしは、いろいろと細かい、、たとえば撮ったときのレンズの大きさとか、現像の方法とかを覚えていたんだけれど、もう全部忘れてきてさ。
最近なんか、デジカメでやり始めてから印象が薄いんだろうね、「なんだこの下手な写真!」って思ったら、自分の名前が書いてあったりして、撮った本人が覚えてない(笑)。
とにかく記憶がキチんとしている間に会えるヒトには会っておかないと、という感じ。もう、辞世の句だよね。
いままでもヒトとのご縁でやってきて、今回もまたご縁があったワケだから。ここでひとつ何かしらできればね、もしかしたら、次に違うことができるかもしれないし、二度と青山を歩けなくなるかもしれない(笑)。


──もともとは役者を目指していらっしゃったのですか?


ご覧のとおり、背が小さくて、四国から出てきたから、四国弁だと東京ではダレも相手してくれなくて、、、遊んでくれるのは不良ばかり。
で、変なモダンジャズの喫茶店に出入りしていたりして、どんどん不良になって。。。その時に新宿で変な人に出会って、、、それが唐十郎ってヒトなんですけれどね、そのまま裏方やったりしたんです。
そのうち、だんだんオレも出たいなってなって(笑)。。。それで、一部と二部の暗転中にセットチェンジをするんですけれど、そのときに「人使いがあれえんだよな?」とかぼやきながらしていたら、それがウケちゃってさ、「おまえに役をやる!」ってなって「やったー!」ってね(笑)。


──すごくいい加減だったんですね(笑)。


そう!”ぼやき”を言う黒子って。でも、表も裏もなかったしね。
それにミュージシャンのライブを撮りはじめたときに、その舞台監督をやっていた経験が役にたったし。役者で食えないヒトは、みんな裏方で、照明とか、コンサートの舞台監督とかやって食っているからさ。
顔見知りだから、ライブにもスッと入れたしね。


──すごくいい環境だったんですね。


コンサートをつくるのは、ミュージシャンと裏方と、お客さん。
みんなで雰囲気をつくって盛り上げるものだから、ボクは「カメラマンでござい!」みたいな感じで、エラそうに行くタイプではなくて、朝にローディーとかと一緒の時間に入って、セットしていく間にベストポジションを考えるやり方。
カメラマンって、ステージと客の間にいるでしょ?
だから、コッチが冷めたら、両方冷めちゃうワケで、観に来たヒトたちがいい夢をみて、そのまま帰る。
ボクの写真は、その夢のカスだけれどさ、ゴミにしちゃうのはもったいないから。


──いまの若い子は、分からないヒトの方が多いと思うんですよね。


そうね。
唐十郎っていったって、大鶴義丹のお父さんと言わないと。。。ダメでしょ?
石橋凌といえば「ああっ!」て分かるけど、”ARB”って言っても分からない。ましてや”村八分”って、放送禁止用語だってことくらいしか分かってないからさ。「こういうヒトがいたんだよ!」ってそれだけでもいいと思う。


──なるほど。


しかし、まあこれだけ芝居も音楽も含めて、デタラメに動きまくって、よく”C調”に撮ったもんだと思うね。とりあえず、今回はロックというくくりでね、
なんとなくその時代の、、あの頃の熱気みたいなのがあってやれればいいかな。
もう一回言いたいことを言って、歌いたいことを歌って、やりたいことをやっておかないと、たぶん何も無くなるんじゃないかな。ホントに申し訳ないけど、地震と津波と原発で、ちょうどそういう時期がボクに来たような気がするんです。


──ちなみに「情児(じょうじ)」というお名前は本名なんですか?


いいや。
本当は、さんずいで「清児(せいじ)」なのね。
この名前は、唐さんが有名になって、雑誌社が写真を送ってほしいってなったときに、当時、ダレも写真を撮ってないから。ボクが撮っていたのを「送れ!」っていうので、写真を出したら、右隅に──唐さんの字が、たぶんキタナかったんだろうな──井出”情児”って、りっしんべんになっていて(笑)。
唐さんが「かっこいいだろう!」っていうから「ハイ?」って、そのまま40年以上来ちゃったのよ。
でも、戸籍上は清児になっているんですけれど、サインはどっちでも見えるようにしてさ(笑)。


──そうだったんですね。
年代的に「情児(じょうじ)」というお名前は当時少なかったんじゃないかなと思いまして。。。


そうね。
一番ややこしかったのは、柳ジョージさんを撮っているとき。
「ジョージ!」って呼ばれると、ふたりで「ハーイ!」って振り向く(笑)。
だから、大きい方と小さい方とかにしてたね。


──どっちも「酔って候」ですね(笑)。


そうそう(笑)。
でも、名前は記号だからさ、どーでもいいの!


──けっこうお酒は呑まれるのですか?


パッと飲んで、パッと酔う。
それでパッと醒めるみたいな。


──すぐ醒めるんですか?


そうしないと、仕事にならないんですよ。
演劇のヒトって、映画のヒトもだけど飲むでしょ?
パッと飲んで、パッと酔って、パッと醒める。




(後編につづく)







2011年5月24日-2011年5月27日
Photo Exhibition
井出情児写真・映像展『死ぬまで待てない』


時間:11:30-24:00

会場:CAY(スパイラルB1F)
東京都港区南青山5-6-23
スパイラルB1F
TEL. 03-3498-5790

主催:CAY
企画:北 京一/金子マリ/CAY
協力:株式会社エッセンス


・展示予定作品
ARB、あがた森魚、RC サクセション、石橋凌、泉谷しげる、遠藤賢司、大木トオル、カルメンマキ、佐野元春、サンハウス、SION、シーナ&ロケッツ、Char、ティアドロップス、はっぴいえんど、フリクション、村八分、めんたんぴん、山口富士夫、ルースターズ

>>>詳細はコチラ



・2011年5月23日(月)
井出情児写真・映像展『死ぬまで待てない』
オープニングイベント


出演:
5th element will
Char
鮎川誠&シーナ
高岡真也(aura)
助川貞義 (overheadz)
小滝みつる
YAMA a.k.a SAHIB


時間(OPEN/START):18:00/19:30

入場料:2,000円(税込)


会場:CAY(スパイラルB1F)
東京都港区南青山5-6-23
TEL. 03-3498-5790

※5月27日(金)クロージングセッション詳細は決まり次第、告知。




井出情児 プロフィール

ロックフィルムの第一人者。唐十郎主宰の劇団・状況劇場の俳優を経て、1970 年からアングラ演劇、アングラ音楽の写真、映像撮影を手がけ、テレビ番組、プロモーション・フィルムの製作、撮影を担当。
甲斐バンド、ARB、佐野元春、矢沢永吉、沢田研ニ、アルフィー、RC サクセション、井上陽水、サザンオールスターズ、チャゲ&飛鳥、浜田省吾、鼓童、スターダストレビュー、吉川晃司、南佳孝、YMO、Char、吉田美奈子など、日本の音楽シーンをリードするミュージシャン、エアロスミスら国外のスターミュージシャンのフィルムを撮影、監督。また俳優・松田優作から絶大な信頼を受け写真嫌いの優作のプライベート・フォトを長年に渡り撮り続けた写真家としても知られる。
その実績は、日本映画技術賞受賞のほか、カナダNew Media Festival プロミュージックビデオ部門グランプリ受賞、カンヌMIDIM 賞音楽映像部門グランプリ受賞など国外でも著名。


Comments are closed.

Trackback URL