tokyo feature : June 2, 2011 @ 05:58
曇りなき眼で見たFUKUSHIMA(その2)
2011年3月11日の東日本大震災から約3ヶ月。
ゴールデンウィークを境に、各地の被災地もなんとか復興へと進みはじめた”感”が出はじめている、今日このごろ。
にもかかわらず、原発事故の影響で、唯一ウンともスンともいえない状況がつづく福島県。
毎日流れる原発関連のニュースからは、「一応、これこれこうなる予定ですが遅れます」とか、「震災直後の予測放射線量をいまごろですが発表します」とか。。。いい方向へ向かっている”感”だけが伝わってきているのですが、実際はまったくいい方向にはむかっていないんですけれどね。
ドイツでは、2022年までに国内全17基の原発をすべて廃炉にすることを決定。
もちろん、今回の福島での事故を受けてのこと。
世界各地で行われている反原発デモには「ノーモア ヌーク!ノーモア フクシマ!」の文字。
いまやヒロシマなみに、いやヒロシマ以上に世界中にその名が知れわたってしまったフクシマ。
ちなみに原発から70キロ圏内の福島市や郡山市の平均放射線量は、現在(2011年6月2日)も1.3μsv/hくらい。
こちらは空間なので、内部被曝に関しての数値を合わせると、年間となるとけっこうな高さの放射線量を被曝しているという状況なんです。
といことで、ひきつづき福島市と、そのまわりの被災地の状況のレポート、そしてワタクシが自分の目で見て感じたコトをお送りします。
さて、次の日は、所用で仙台へ。
“行き”は、今回の震災で大打撃を受けた東北道を利用してみました。
途中、路肩に若干のヒビが入っていたくらいで、現在は、とくに道路のゆがみも亀裂もなく、まったく問題なく走れる状態でしたね。
どちらかというと、東北道沿いの民家の方が被害を受けている感じ。
1時間くらいで、無事、仙台に到着。

コチラはお馴染み。。。

『阿部かま』。
ココの1Fで売っているひょうたん揚げが美味しいんです。
ケチャップをかけてドーゾ。

閑古鳥の鳴いていた福島市とは違い、仙台はたくさんの人が街に出ておりました。
やはりゴールデンウィークを期にと思っている人は多かったんでしょうね。
デパートや他のお店も通常営業のところがほとんど。
まだ、ところどころにヒビが入っている道路やビルもありましたが、ほぼほぼ普段通りの活気のある仙台という印象でした。
所用も済み、”帰り”は国道4号線を南へ降りるルートで、津波の被害が大きかった相馬方面を通って福島市へ向かうことに。

こちらは、たまたま途中休憩で立ち寄った亘理(わたり)駅。
これまた、スゴい駅です。
どうも伊達政宗の従兄弟にあたる伊達成実(しげざね)が治めていた土地のようで、だからお城なんですね。
このお城は、じつは『悠里館(ゆうりかん)』という亘理町立の図書館で、こちらはしばらく避難所として使用されていたみたいです。
訪れた当日は、避難所としてはすでに使用されていませんでしたが、入り口にそのような内容の張り紙がされていたのでわかりました。
地震でけっこうな被害があった模様です。

コチラは駅の横にあった蔵?ですかね。
地震の影響で壁に穴が開いてしまったみたいです。
肉眼では確認できませんでしたが、駅の東側は海なので、やはり津波の被害にあったようでした。

被害の少なかった駅の西側。
とはいえ、この道路の途中に、地震で崩れた家が多数ありました。
木造の古い家はやはり耐えられない家が多かったようです。
目で見た限りの話しですが。。。
コチラは、元気にやっているようでした。

さて、亘理を離れ、陸前浜街道(国道6号線)を南へ。
この陸前浜街道というのが、いまのところ太平洋沿いではまともに通れる道路なのです。
しかし、道沿いには。。。

このような感じで電柱が斜めになっていたり、、、

路肩が崩れていたりと、地震自体の大きさを感じました。
そして。。。

こちらは、畑に津波が押し寄せたのでしょうか?
まだ水が残っていました。
おそらく遠くの方には家が建ち並んでいたのかもしれませんが、さら地になっています。
ちなみに、ガードレールがないのは、津波で引き抜かれた?剥ぎ取られた?ということみたいですね。

道路の東側は、とにかく”さら地”となってしまった土地がつづきます。
ところどころ津波の被害から逃れた家もチラホラ見えましたが、基本的には”さら地”となってしまっていました。
常磐線の駅でいうと『坂元』のあたりでしょうか。
そして、、、

コチラは自衛隊が片付けたと思われるガレキの山。
ガードレールがガタガタなのは、津波がココまで押し寄せたということです。
海からはまだ相当離れている(おそらく5〜7キロほど)のですが。。。
津波は、このガードレールを超えて、道路の西側へも来たみたいでした。
そして福島県内へ。

こちらは相馬郡にある『新地』駅。
なんとなく駅っぽいものが残っていますが。。。

そして突如現れた新地発電所。
火力発電所です。
津波の被害があったはずなのですが、ここら辺は草がうっそうとしげっていました。

コチラは畑だった場所でしょうか。
防風林がすべて流されて、沢山の根の部分が転がっています。

あぜ道のような道路を進んでいるとココまで流されてきたボートを発見しました。
手前に転がっているのは、流されてきた防風林だと思います。
おそらく走っている道路上にあったものを道路脇に移動したものではないでしょうか。

コチラは、道路の西側。
もともとは田んぼか、畑だったんでしょうね。
海水の臭いが立ちこめていました。
そして、相馬市に到着。

相馬市長のキツいおコトバに迎えられ、漁港として有名な松川浦方面へ向かおうと、38号線沿いを通っていると。。。

引き潮に流されたおみやげ屋さんや、


漁船やバスなどもまだまだこの状態。

丘の方は、思ったよりも建物が残っていましたが、民宿や民家の一階の部分は津波でボロボロになっていました。

こちらは『相馬原釜漁協水産物直売センター』。
中の資材やモノは流されてスッカラカンでした。

センターの横には、打ち上げられた漁船。
そして、、、

奥に見えるのは松川浦大橋。
中央手前のコンクリートの塊は、、、わかりませんでした。
津波前、ここら辺には食堂やら水産物の直販のお店やら、旅館やらが立ち並んでいた港町ですね、いわゆる。
それがいまやこんな状態です。
ここら辺は、146人の死亡が確認された原釜・尾浜地区と呼ばれる地域で、先日の両陛下が訪れたことでもその名前を聞いたことがある人も多いかもしれません。
ちなみに、この日の相馬市の平均放射線量は0.3μsv/hくらいでした。
ここら辺は福島第一原発から近いとはいえ、風向きなどの関係で意外と低いのかもしれませんね。
まあ、事故当日は2μsv/hくらいでしたが。。。
そんなこんなで、相馬地区の予想以上の被害を目の当たりにショックを受けながらも、349号線という山道を越え、福島市へと帰ることにしました。

ここら辺は伊達市の梁川あたり。
のどかな畑地帯がつづくこの地域も、じつは放射線量が若干高いのです。
そんなこんなで、仙台から6時間以上。
各地の津波被害の状況を目の当たりにし、把握、理解しつつ、無事家へ帰ることができました。
という感じで、今回の『曇りなき眼で見たFUKUSHIMA』。
福島県は、県としてはじつはイチバン大きな県でして、、、西から会津地方、中通り地方、浜通り地方と、縦にみっつの地方に別れているのですが、とくに中通り地方と浜通り地方においては、現在の状況をみても、なんとも元気がないのはたしかです。
その原因は、まぎれもなく原発事故。
地震や津波だけの被害であれば、あとは復興へ向かえばいいので、ある意味”ラク”だったのでしょうが、残念ながらこの『放射能』というものがそうもいかないいまの状況をつくってしまっているのです。
いま現在も、避難勧告によって家を捨てた方、何代にも渡って住んで来た土地を避難区域指定のためにこれから離れなければならない方、放射線量が高いのに避難区域でないために、避難もできずにどうしていいのかわからない状態に陥っている方などがいらっしゃって、早期の対処が望まれているにもかかわらず、いまだに何の動きもないというのが現状ですね。
年間被爆量を世界的基準の1msvから20msvに、安全とか危険の根拠もなく設定を引き上げられ、子どもたちへの放射線の影響も危惧されています。
しかし、残念ながら政治家のみなさんは別のことで忙しそうなので、すでに”国”には頼れない状態。
ですので、行政である福島県庁にシッカリと音頭をとっていただきたいと強く願うばかり。

とはいえ、なかなか動かない?動けない?というのが現状。
たとえば、福島県内の放射線量の高い地域の子どもを疎開させるとか、放射能が危険なものであるという教育を徹底させるとか。
まずは、子どもを守る”動き”からはじめていただきたいものですよね。
はたして、福島県民にゆっくりと安眠がとれる時代がくるのでしょうか?

さまざまなネガティブ要素が絡み過ぎていて、なかなかポジティブになりづらい状態だし、状況ではあります。
しかし、福島市で入ったラーメン屋のオヤジがポロっと言った「オレたちは、ココでやっていくしかないからさ」というコトバが、とても身に染みました。
それがいまの福島の声なんでしょうね。
ならば、それに対して我々ができるサポートとは何なんでしょうか?
そこが解決できれば、一歩進むような気がしました。
まあ、一番いいのは、原発事故をいち早く収束させることなんですけれどね。。。
またいつか福島に”本当の空”が戻ってくることを祈って。

(おわり)
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